アーセナル冨安は「ジンチェンコと比べても立派な先発候補」 番記者が手放しに絶賛…ロンドンダービーで見せた圧巻の“適応力”【現地発】

アーセナルでプレーする冨安健洋【写真:Getty Images】
アーセナルでプレーする冨安健洋【写真:Getty Images】

冨安とククレジャ、存在価値を証明して見せた一戦

 プレミアリーグ第9節では、10月21日に対戦したチェルシーとアーセナルが互いに意義ある引き分けを演じた(2-2)。チェルシーは、1年ぶりにリーグ戦3連勝を記録するチャンスを逃した格好だが、前線からのプレッシングをはじめ今季最高と言える前半45分間のパフォーマンスは、マウリシオ・ポチェッティーノのチームが成形されつつあると感じさせた。一方、アウェーで2点差を追いついたアーセナルは、開幕からリーグ戦無敗のチームが優勝の有力候補と目される所以を実証して見せた。

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 同じことが両軍の左SBにも言える。それぞれチェルシーとアーセナルのバックアッパーとして今季を迎えている、マルク・ククレジャと冨安健洋だ。両者にとっては、存在アピール上の「ポイント獲得」と表現できる一戦となった。

 移籍2年目のククレジャは、チームとともに極度に低調だった昨季のみならず、今季初出場となったリーグカップ第2回戦でも、試合前のウォームアップ中に自軍ファンのブーイングにさらされた。だが今回は、ポゼッッションは敵に譲っても劣勢ではなかった要因としてホーム観衆の喝采を浴びている。

 チェルシー左SBは、頭越しのパスを読んでカットした前半6分に始まり、相手右ウイングのブカヨ・サカを自由にさせなかった。対峙すれば素早く距離を詰め、インサイドを切ってきっちりと対処し続けた。後半39分のアーセナル同点ゴールはサカがアシストしているが、一瞬の躊躇でクロスを上げさせてしまったのは、手前にいたノニ・マドゥエケだった。

 リーグ戦先発は今節で3試合連続。ただし、過去2戦は駒不足により逆サイドで起用されていた。急造右SBとしての初戦となった9月後半のリーグカップ第3回戦、そしてリーグ戦でのピンチヒッター2試合目となった前々節フルハム戦と、やはり“逆足”の不自然さは隠せなかったククレジャを眺めながら、個人的には、アーセナルでの冨安が怪我でレギュラーの座を失った昨季後も重要戦力視され続けるわけだと改めて思っていた。

「強さと巧さでチームを押し上げることもできる冨安のプレーは見応えがある」

 最終ラインでのポジションを問わず、ハイレベルな左右両刀プレミア級DFがチェルシーにもいれば、CBのチアゴ・シウバを欠くとビルドアップまで不安定になりがちな問題点も解消されることだろう。実際、この日のスタンフォード・ブリッジで目にした冨安は、後半45分間の出場ながらも彼らしさを存分に見せてくれた。そのインパクトは、ククレジャの90分間にも負けていない。

 前半のアーセナルは、先発した左SBのオレクサンドル・ジンチェンコが、相手右ウインガーのラヒーム・スターリングによる侵入を阻止できずにいた。ボックス内で股を抜かれたのは、開始早々2分の出来事。折り返されたボールはCBのガブリエウがブロックするのだが、そのこぼれ球を敵に渡してピンチを招きかけたのもジンチェンコだった。

 立ち上がりから苦戦したアーセナル左SBは、15分にチェルシーが先制したPKにも間接的に絡んでいる。またしてもスターリングが向かってきた場面で、当人は40秒ほど前にもらったばかりのイエローが頭の中にあったに違いない。奇しくも、サカがククレジャに止められた結果のカウンターを阻止するために犯したファウルへの警告だった。2枚目を恐れて距離を詰められずにいると、スターリングが楽々とクロスを放り込み、ヘディングを試みたミハイロ・ムドリクと競ったCBウィリアン・サリバにハンドのVAR判定が下ることになった。

 そのアーセナル左サイドに生じていた弱点を、ハーフタイムを境に交代した冨安が無きものとした。「非常に良くやっていた」と繰り返したのは、英紙「デイリー・ミラー」でチーフ・フットボールライターを務めるジョン・クロス記者。試合後に冨安評を尋ねたところ、アーセナル通としても知られるベテランは次のように話してくれた。

「非常に良かった。重要な一員であることを示した45分間だった。本当に良くやっていたよ。彼の存在がアーセナルを変えた。そう言えるだけの影響をチームに与えたと思う。前半のチェルシーは、できる限りスターリングにボールを預けようとしていたからね。そこに投入されて戦況を変えた適応能力にも見るべきものがある。決して簡単なことではない。

 しかも、単に守備面の改善に徹していたわけでもなかった。マイボールになれば1列前に上がって、そこからさらに前線へと攻め上がっていた。冷静に、それでいてアグレッシブに。いやぁ、とても良かった。左SBとして、(本職の)ジンチェンコと比べても立派な先発候補。強さと巧さでチームを押し上げることもできる冨安のプレーは見応えがある。今日のようなパフォーマンスを見せられたら、先発で使わないわけにはいかないだろう」

スターリング→パルマー→ジェイムズ、適応力を発揮して3人を抑え込んだ冨安

 投入時の第1任務がスターリングの注視にあったことは明らかだ。アーセナルは後半開始3分でリードを広げられてしまうのだが、ムドリクが蹴った、傍目にはクロスだったとしか思えないボールがゴールに吸い込まれていなければ、ファーサイドを狙っていたスターリングは冨安がケアできている状態だった。実際の競り合いには、後半4分からの3分間で3連勝。ドリブルで勝負するタイプの選手としては、先頃引退を表明したエデン・アザールから「早めに仕掛けて勝っておくのが有利に戦う秘訣」と聞いたことがあるが、対スターリングの任務を負っていた富安は、逆にDFの立場で先手必勝を地で行ったようなものだ。

 そのうちの“1勝”がアタッキングサードで見られたように、攻撃参加も積極的だった。いわゆる「偽SB」としては、マンチェスター・シティ時代にジョゼップ・グアルディオラの教えを受けたジンチェンコに一日の長がありそうだが、以前からボランチもこなせる冨安は、中盤からの攻め上がりと連携にもそつがない。後半20分、前線左サイドのガブリエウ・マルティネッリにワンツーからスルーパスを送ったシーンが好例の1つ。その場面、チェルシーは最終的にククレジャのクリアで事なきを得たが、冨安が入った後半のアーセナルも、自軍左サイドに存在した敵の侵攻ルートは塞がれていた。

 注視対象のスターリングが、選手交代に伴って逆サイドに回ったのは後半21分のこと。代わって冨安のマークを受けることになったコール・パルマーは、その5分後にスルーパスに走り込もうとしたところを力で抑えられている。後半39分、パルマーに代えて馬力のあるリース・ジェイムズがチェルシーの右ウイングに投入されると、洞察力鋭く手前でパスをカットする冨安の姿があった。

 試合後の両軍監督は、揃ってプラス材料に言及した。ポチェッティーノが、「チーム力向上」の一部として名前を挙げたククレジャは、2か月ほど前には不信任の意を露わにしていたサポーターにより、チェルシー公式サイト上のプレーヤー・オブ・ザ・マッチ投票第2位として見直されてもいる。そしてアーセナルでの冨安は、その上をいく。指揮官のミケル・アルテタが、「ハーフタイムの時点で確信していた」と語った「王者となる資質」の体現者として、価値ある1ポイントを手にした一戦を終えたのだから。

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山中 忍

やまなか・しのぶ/1966年生まれ。青山学院大学卒。94年に渡欧し、駐在員からフリーライターとなる。第二の故郷である西ロンドンのチェルシーをはじめ、サッカーの母国におけるピッチ内外での関心事を、時には自らの言葉で、時には訳文として綴る。英国スポーツ記者協会およびフットボールライター協会会員。著書に『川口能活 証』(文藝春秋)、『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『夢と失望のスリーライオンズ』、『バルサ・コンプレックス』(ソル・メディア)などがある。

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