日本代表の転機となった大敗フランス戦 トルシエが選手に告げた一言「アジア王者でも世界で通用する保証はない」【コラム】

かつて日本代表を率いたフィリップ・トルシエ監督【写真:Getty Images】
かつて日本代表を率いたフィリップ・トルシエ監督【写真:Getty Images】

ベトナム代表を率いるトルシエ監督の思い「限界を突き破る必要がある」

 かつて日本代表を率いたフィリップ・トルシエ氏が2023年2月からベトナム代表監督に就任した。日本サッカー界に多大な功績を残した指揮官は、24年1月のアジアカップで対戦する日本代表との一戦を前にして何を思うのか。旧知の英国人ジャーナリストが、トルシエ氏が日本代表にかけた魔法、日本代表監督時代に得た教訓、監督論について掘り下げる。(文=マイケル・チャーチ/全3回の2回目)

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 フィリップ・トルシエが率いた日本代表チームが2002年日韓ワールドカップ(W杯)で成し遂げたことは今や語り草になっている。劇的な展開でベルギーと引き分け、ロシアとチュニジアに勝利してグループリーグを突破し、ベスト16へ駒を進めた。

 それ以前のW杯で1ゴールしか挙げられていなかった国にとって、それはまさに快挙と呼べるものだった。

 しかし、雨の宮城スタジアムでの決勝トーナメント1回戦、日本はトルコに敗れて、大会をあとにしたのだった。

 あれから20年以上経った今も日本代表は、トルシエが植え付けた哲学とあの魅惑的な4年間で学んだ教訓の両方を実践し続けている。

「進歩のためには質の高いパフォーマンスが必要で、そのためには限界を突き破る必要がある」。トルシエは、現在のゴールデン・スター・ウォリアーズ(ベトナム代表の愛称)での役割についてこう語っている。

「限界を突き破ることができない。これがベトナムが抱えている問題だ。私たちは東南アジアのチャンピオンであり、このエリアでのトップチームだ。だが、我々はその地位をタイと分け合っていることを受け入れなければならない」

「さらにもう一歩前進しなければならないんだ。前回のW杯予選、ベトナムは10試合中8試合に敗れた。その差は経験や手段、知識、伝統の不足に起因していた」

「肉体的にも技術的にも精神的にも、ほとんどの選手は私たちの望むことができると思う。しかし、そのためにはもっと多くの手段を与えなければならないし、試合ごとに異なる要素を使って準備しなければならない」

日本代表監督時代に得た教訓「アジア王者になるより多くの情報を与えてくれた」

 韓国人のパク・ハンソ監督の後任として就任した新天地のベトナム代表での状況は、1998年に岡田武史監督の後任として日本代表監督に就任した時と多くの共通点がある。

 日本代表はすでにアジアチャンピオンに輝いていたが、大陸を越えての活躍が少なく、それこそがトルシエが取り組むべき進歩の前にある障害だった。W杯を1年後に控えたパリでの大敗が変化のきっかけだった

「2002年(W杯)に向かうなかで、アジアカップでチャンピオンになったのは、我々がアジアでナンバーワンだと認められるために重要なステップだった。しかし、W杯に向かう上でアジアカップが最重要だったかと言えばそうではない。なぜなら、日本はそれ以前にもそのタイトルを獲っていて、アジアではすでにナンバーワンだった」

「私が戦略を変えたポイントは、世界を目指すならアジアチャンピオンだけでは不十分だと気づいたことで、転換期になったのがフランス戦だった。アジア王者という肩書きを持っていたとしても、我々は0-5で負けた。私は当時、『アジアチャンピオンでも世界で通用する保証はない』と選手たちに告げた」

「アジアではボールを60、70%保持し、試合のイニシアチブを握っていた。自分たちの思い通りに試合を進めることができた。だが、ドイツやフランスと対戦するとなれば話はまるで変わってくる。ボールポゼッションは60%ではなく、30、40%だろう。自分たちからアクションを起こすのではなく、リアクションで戦わなければならない」

「そして、2つミスを犯せば1点を失う。アジアならそのミスは6回だ。マネジメントやチームの導き方、戦略的プランを変えなければいけないことに気づかされた。フランス戦は、アジアチャンピオンになることよりも多くの情報を与えてくれたと思う。もちろん、アジアチャンピオンになったことは重要なステップだった。選手たちには自信が必要だし、いいパフォーマンスをすることで選手たちは前進することができる」

 トルシエが日本で過ごした時間がもう20年以上も前に終わったというのは信じがい事実だ。宮城での敗戦によって日本サッカーの変革期は幕を下ろし、フランス人指揮官は新たな旅に出た。

※第3回に続く

[プロフィール]
フィルップ・トルシエ/1955年3月21日生まれ、フランス出身。28歳で指導者に転身後、複数のクラブで指揮を執り、98年フランスW杯で南アフリカ代表を率いた。同年9月、日本代表の監督に就任。A代表とU-21日本代表の監督を兼務し、99年ワールドユース(現U-20W杯)で準優勝し、2000年シドニー五輪でベスト8。02年日韓W杯で日本初のW杯勝利、初の決勝トーナメント進出を果たした。その後、カタール代表、マルセイユ、モロッコ代表監督などを歴任し、23年2月からベトナム代表監督に就任し、U-23ベトナム代表監督も兼任している。

(マイケル・チャーチ/Michael Church)



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マイケル・チャーチ

アジアサッカーを幅広くカバーし、25年以上ジャーナリストとして活動する英国人ジャーナリスト。アジアサッカー連盟の機関紙「フットボール・アジア」の編集長やPAスポーツ通信のアジア支局長を務め、ワールドカップ6大会連続で取材。日本代表や日本サッカー界の動向も長年追っている。現在はコラムニストとしても執筆。

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