相手選手に激高「自分がこういう行動をしたら」 目立たない予定が…岩政劇場の舞台裏

札幌を率いる岩政大樹監督【写真:徳原隆元】
札幌を率いる岩政大樹監督【写真:徳原隆元】

岩政劇場に「結局のところ、それが本当の性格だし、素の自分なんでしょう」

 2025年J2の指揮官を見渡すと、水戸ホーリーホックで現役を退いてから叩き上げの指導者として地道にキャリアを積み上げた森直樹監督のような人材もいれば、Uー17日本代表を4世代率いたベガルタ仙台・森山佳郎監督のような育成のエキスパート、J1昇格経験のあるV・ファーレン長崎の高木琢也監督、大分トリニータの片野坂知宏監督ら多彩な面々が名を連ねている。(取材・文=元川悦子/全7回の5回目)

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 こうしたなか、北海道コンサドーレ札幌の岩政大樹監督はまだ43歳と若いが、鹿島アントラーズ、ハノイFC、札幌と3チーム目を指揮している。ご存知の通り、プロ監督になる前は解説者として活躍し、自ら本も執筆。言語化能力の高い人間として知られている。

 その傍らで、想像以上に感情を表に出す姿が印象的だ。今季で特にインパクトが強かったのが、ホーム・大和ハウス プレミストドーム初勝利となった4月5日の徳島ヴォルティス戦だ。

 まずは後半21分。徳島のルーカス・バルセロスが左足足裏でDF西野奨太の左ももを蹴るというラフプレーを犯すと、岩政監督が激高。バルセロスに詰め寄り、顔を突き合わせ、ユニフォームを掴んで怒声を上げたのだ。選手が入り乱れた乱闘騒ぎは1分近く続き、最終的に指揮官には注意、バルセロスにはイエローカードが与えられたのだ。

 さらに迎えた後半アディショナルタイム。DF家泉怜依の劇的ヘディング弾が決まると、左コーナーフラッグ付近で歓喜の輪を作る選手たちに指揮官も飛び入り参加。誰よりも力強いガッツポーズを見せ、喜びを爆発させたのである。

「僕の人生って比較的、順風満帆にいかないというか、いろんな出来事や事件がポツポツと起きるんです。あの4連敗も、ホーム初勝利もそうだし、ドームの試合も劇的な展開が多かったりして、どうしても自分の感情が出てしまうところがありましたね。

 序盤の連敗中も、『感情をどのくらい出すべきか』を自分のなかで考えてはいたんです。だけど、結局は爆発しちゃった(笑)。選手時代もそういうことがありましたね。

 結局のところ、それが本当の性格だし、素の自分なんでしょう。決して狙ってやっているわけではないし、むしろ監督になる前は『目立たない監督になろう』と考えていたくらい(苦笑)。『選手が得点したときに監督が大喜びするのはなしだろう』とも思っていました。だけど、ああいう状況になるともうダメですね」

 その一挙手一投足を鹿島アントラーズ時代の後輩・内田篤人と同い年の佐藤寿人が配信番組のなかで取り上げ、「彼らしい」としみじみ語っていたが、そういった闘争心あふれる振る舞いは多くの人を引き付ける。岩政監督はアンチもいるが、それ以上にファンも多いのだろう。サッカーはエンターテイメントなのだから、自ら率先して盛り上げてくれる指揮官がもっといていいはず。やはり彼の存在は貴重なのである。

「ただ、僕は喜んでいるなかでも、頭の片隅では『残り時間があとどれくらいあるか』『ここから選手交代どうしよう』『リードしたから少し変えた方がいいかどうか、このままにした方がいいか』といったことを考えている。頭の100%を喜びの感情で支配されるということはなく、常に冷静さを持ち合わせています。完全にオフ状態になるのはタイムアップの笛が鳴った後だけですね」

 岩政監督はこんな話をしていたが、感情的な振る舞いをしつつ、巧みにゲームの流れを変えるように仕向けたこともある。

「徳島戦でバルセロスに詰め寄ったときも、『自分がこういう行動をしたらどうなるかな』とシミュレーションしてからやってますから、ある意味、職業病というのか、冷静さを保ちつつ、感情が出てしまうという感じなのかなと思います」

 この試合では1-0で今シーズン初となる完封勝利を飾り、岩政監督の警告覚悟のアクションが白星に結び付いた。そんな熱血指揮官のキャラクターは、多くの人々の心を惹きつけて止まないはずだ。

 札幌の歴史を遡ると、2000年にJ2を制覇し、J1初昇格を果たした岡田武史監督(FC今治会長)、直近7年間チームを率いたペトロヴィッチ監督ら、人間味あふれる人物が何人もいたが、岩政監督の個性の強さはそういった先人たちに負けていない。成長途上の若き指揮官が北の地で成功を収められるか否か。すべては8月以降の戦いにかかっている。

(元川悦子 / Etsuko Motokawa)



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元川悦子

もとかわ・えつこ/1967年、長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに転身。サッカーの取材を始める。日本代表は97年から本格的に追い始め、練習は非公開でも通って選手のコメントを取り、アウェー戦もほぼ現地取材。ワールドカップは94年アメリカ大会から8回連続で現地へ赴いた。近年はほかのスポーツや経済界などで活躍する人物のドキュメンタリー取材も手掛ける。著書に「僕らがサッカーボーイズだった頃1~4」(カンゼン)など。

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