子供“無料招待”から見る日本サッカー現在地 ドイツでも類似例…未来に向けたクラブの努力【現地発コラム】
【日本×海外「サッカー文化比較論」】子供をスタジアムに無料招待する取り組み
日本と海外を比べると、文化的な側面からさまざまな学びや発見を得られる。「FOOTBALL ZONE」ではサッカーを通して見える価値観や制度、仕組み、文化や風習などの違いにフォーカスした「サッカー文化比較論」を展開。今回のテーマは、Jリーグで話題になった子供の無料招待が海外でも実施されているのかについて。ドイツ・ブンデスリーガを参考に、日本との類似点や“サッカー大国”独自の事情について探る。
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6月12日、静岡県内を本拠とするジュビロ磐田(J1)、清水エスパルス(J2)、藤枝MYFC(J2)、アスルクラロ沼津(J3)の計4クラブの各社長が静岡県教育委員会を訪れ、県内の小学生を各クラブのホームゲームに無料招待することを報告した。4クラブは「子供たちの夢や憧れを育み、Jリーグのチームや選手を身近に感じてほしい」という思いから、県民共済と共同で県内の小学生とその保護者を各ホームゲームに無料で招待する取り組みを3年前から行っており、今シーズンもその一環として本施策を実施する。
ほかにも例を挙げると、鹿島アントラーズは、席種限定でホームゲーム全試合を対象に全国の小学生向けチケットを無料に。また、SC相模原はホームタウンに在住もしくは在学する小学生を対象に「こどもフリーパス」を発行してホームゲームへの無料招待を行っている。
独自の取り組みを行っているのはクラブだけではない。リーグを統括するJリーグも春休みや夏休みの時期に合わせてJリーグ各試合に観戦者を無料招待しており、世代を問わずサッカーという競技に関心を持ってもらうための施策を次々に打ち出している。
このような無料観戦施策はサッカー大国であるドイツでも行われている。ただし、その名目や目的は日本とは多少異なるように感じる。各種事例から、傾向と狙いを考察してみよう。
ブンデスリーガ各クラブの多くが行っている施策の1つが、「Schosskarten」というチケットの販売だ。「Schoss」は膝、「Karten」はカードもしくはチケットという意味で、つまり大人の膝に子供を乗せて観戦する場合は子供の入場料が無料になるというもの。大半の場合、子供用の座席が与えられるわけではなく、対象年齢なども各クラブによって異なる。それでも、大人料金のチケット1枚分で親御さんや親戚などに同伴した子供が試合観戦できる仕組みとして好意的に捉えられている。
ブンデスリーガの試合へ行くと家族連れの姿が数多く見られる。例えばご両親と子供2人の4人家族ならばお父さんとお母さんのチケット2枚分で家族全員が観戦できる。ブンデスリーガのゲームはヨーロッパ各国の中でも比較的安全と評価されているため(それでもお酒を飲んで大騒ぎしている輩も散見されるが……)、男女、年齢の差異無く多くの年代がゲーム観戦に訪れてサッカーという競技に触れ合える環境が整えられている。
無料招待をビジネスの好機と捉える独クラブも
一方で、すでにサッカー文化が地域に根づいているドイツでは愛するクラブを支える名目で家族全員がシーズンチケットを保有しているケースもある。
筆者の知人であるアイントラハト・フランクフルトのサポーターは幼少の頃から父親にシーズンチケットを与えられ、それを40年以上保有しているという。未成年の時は父親が支払っていたそのチケット料は、現在成人になった知人が受け継ぐ形で毎シーズン支払っている。彼曰く、「このサイクルは僕の息子、孫へと続いていくんだろうね」とのこと。これはチケット料を支払うことはクラブを支援することと同義という観点に基づいており、「子供用のチケットであっても(保護者が)座席の料金を支払うのは当然のこと」という考えが根付いている興味深い事象だ。
ドイツは観衆の無料招待をビジネスチャンス、収益拡大の好機と捉える向きもある。田中碧や内野貴史、アペルカンプ真大といった日本人選手が在籍するブンデスリーガ2部のフォルトナ・デュッセルドルフ(以下、フォルトナ)は、2023-2024シーズンのホームゲーム3試合を対象に全席種無料という大胆な施策を打ち出した。
この施策を行う前シーズンのフォルトナは、ホームスタジアム「メルクール・シュピール=アレーナ」の収容5万4600人に対して平均観客動員数2万9378人と、ブンデスリーガ2部で4位の動員数を記録した。これは決して少ない数字ではないが、クラブは「すべての人にフォルトナを!」というスローガンの下、シーズンあたり700万ユーロ(約12億円)から800万ユーロ(約13億7000万)と言われる総収入のうち3試合分のチケット収入を各クラブスポンサーが負担して多くの観衆を引き寄せようとした。
スタジアムに多くの観衆が詰めかけることによってグッズ収入などのマーチャンダイジング面に好影響を及ぼし、それを支援するクラブスポンサーは宣伝価値を見出す。フォルトナは現在、前シーズンのホームゲーム3試合を無料にした効果と収益見通しなどを精査・検証している最中だ。もし良好な影響が見られたと判断された場合は2024-2025シーズンのホームゲーム全試合を無料にする可能性があることをほのめかしている。ちなみにフォルトナは前シーズンのブンデスリーガ2部で3位に入り、1部16位のVfBボーフムと入れ替え戦を戦ったもののPK戦の末に敗れ、惜しくも今季の1部昇格を逃している。
高い観客動員力とクラブの経営状況
昨今のブンデスリーガではヨーロッパ屈指の観客動員数を誇りながら、ファイナンシャル・フェアプレーの観点から厳しい運営・経営条件の下で健全経営に努めているクラブが多い。
リーグが活況を博している例を挙げると、2023-2024シーズンのブンデスリーガ1部における観客動員数1位はボルシア・ドルトムントでホームゲーム1試合平均8万1305人、2位はバイエルン・ミュンヘンの7万5000人、3位はアイントラハト・フランクフルトの5万6959人である。驚異的なのはその集客率で、ドルトムントとバイエルンはともに集客率100%、フランクフルトも99%と、ほぼ完売の動員力を誇る。
ほかにも1FCケルン(同6位/4万9829人)、ウニオン・ベルリン(同16位/2万1973人)、ハイデンハイム(同18位/1万5000人)が集客率100%を記録しており、最低のホッフェンハイム(15位/2万4559人)でも81%で8割以上を維持と、昨今のブンデスリーガは無料招待の施策を図ろうにも、そのチケットを確保できない状況が続いている。
日本の場合はサッカーという競技への認知と愛着を深める意味合いで無料招待などの施策を打ち、観客動員数の増加を目指している。一方のドイツはリーグやクラブが主導しなくても子供や大人の関心を引き、かつ各ファン・サポーターがクラブへの愛情を示す素地が出来上がっている。
プロスポーツを興行という観点で捉えた場合、日本のサッカーシーンはまだ、その前段階に過ぎないのかもしれない。しかしコロナ禍が明け、国立競技場での試合開催などの各リーグを主体にした各種施策、各クラブ独自の不断の努力、そして継続してクラブやチームを支える献身的なサポーターなどの存在によって動員数の増加が見受けられる昨今のJリーグのデータはポジティブに受け止められる。
満員に埋まったスタジアムでハイレベルなプレーが行き交うネクストステージへ。究極の未来を思い描きながら、日本サッカーの未来を切り開くアクションは続く。
(島崎英純/Hidezumi Shimazaki)
島崎英純
1970年生まれ。2001年7月から06年7月までサッカー専門誌『週刊サッカーダイジェスト』編集部に勤務し、5年間、浦和レッズ担当を務めた。06年8月よりフリーライターとして活動を開始。著書に『浦和再生』(講談社)。また、浦和OBの福田正博氏とともにウェブマガジン『浦研プラス』(http://www.targma.jp/urakenplus/)を配信しており、浦和レッズ関連の情報や動画、選手コラムなどを日々更新している。2018年3月より、ドイツに拠点を移してヨーロッパ・サッカーシーンの取材を中心に活動。