「高校は地元でゆったり」→「お前はもっとやれる」 一般受験で強豪校入学…諦めなかった全国の舞台

徳島市立2年MF児島至咲が躍動
12月28日の開幕戦を皮切りに幕を開けた第104回全国高校サッカー選手権大会。全国各地の予選を勝ち抜いた48代表校がしのぎを削って、1月12日の聖地・国立競技場の舞台を目指す熱戦を彩った選手たち、チームを紹介していく「冬の主役たち」。
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第1回は開幕戦で早稲田実業を4-1で下した徳島市立の2年生ボランチ・児島至咲について。推薦ではなく、一般受験で入ってきた男が掴んだ初の全国の舞台で痛感した「大事なこと」とは――。
「チャンスはいっぱいあるから、諦めずにチャレンジをしていくことが改めて大事だと思いました」
【3-4-2-1】の右ボランチに入った児島は豊富な運動量と、全体のバランスを整えるようなバランス感覚を披露した。3バックが広げられてできたスペースにスッと落ちてカバーをしたり、ビルドアップの際にポジションをこまめにずらしながら顔を出してボールを受けたり、気の利くプレーを随所に見えた。
「もっと自分がボールを回収してサイドにつけて、そのままゴール前に入って行って自分が点決めるというイメージを持っていたのですが、それがなかなか出せなかった。悔しい方が大きいです」と口にしたように、4点を奪う中でアシストもゴールも記録できなかった。だが、攻撃がハマったのも中盤で彼が攻守のパイプ役を最後までやり抜いたから。2年生ながら必要不可欠な存在であることは明らかだった。
児島は兵庫県の淡路島出身。小学校の時に自宅から近いクラブに入ってサッカーを始めると、中学時代はAWAJI UNIED FCでプレー。ただ、県予選では初戦で敗退するなど全国は遠く、県選抜も縁がなかった。それもあり「欲がなかったというか、高校サッカーは地元の公立高校でゆったりと楽しもうかなと思っていました」と、高校でサッカーを本格的に続ける気持ちはなかったという。
だが、小柄ながら抜群のサッカーセンスと高い心肺機能という武器を持つ児島を周りは放っておくはずがなかった。
「中学のクラブの監督などに『ここで辞めるのはもったいない』、『お前はもっとやれる選手だ』と言われて、同じ三原中学の2学年上の先輩である太田夏壽人さんが進んでいた徳島市立高を勧められたんです」
言われるがままに徳島市立の練習会に参加をすると、そのレベルの高さとサッカーの楽しさの両方を感じ、彼の心の中で「ここでサッカーがやりたい」という火が灯った。
その高まった熱量は凄まじいものがあった。彼は練習参加こそするも、推薦はもらえなかった。だが、「ならいいや」とはならず、「一般受験で入って絶対にここでサッカーをやりたい」という覚悟に変わった。勉強も疎かにしていなかったこともあり、一般受験で合格を掴み取って、念願のサッカー部入ることができた。
1年時は推薦組に遠慮してしまうこともあり、Bチームで過ごしたが、「自分には可能性があると言ってくれる人がいたからこそ、自分でその可能性を無駄にしてはいけない、自分の限界を勝手に決めてはいけないと思った」とコツコツと努力を積み重ねた。
結果、今年に入って一気に頭角を現すと、インターハイでベンチ入り(出番はなし)を果たし、プリンスリーグ四国の後期からレギュラーを掴み取った。第15節の高知高戦で2ゴールをマークし、翌節も2試合連続ゴールを挙げると、県予選決勝の徳島北戦でも2ゴールを叩き込んでチームを選手権に導くなど、チームの中心にまで成長を遂げた。
そして、児島の人生初の全国大会のピッチが国立競技場の選手権開幕戦でスタメン出場という形で実を結んだ。
「僕は周りの人のおかげでこうして最高の環境でサッカーをさせてもらっているので、次は絶対に自分のゴールでチームを勝たせたいと思っています」
諦めなければ新しい世界が見えてくる。人生においても大事な教訓を手にした児島は、それをよりアップデートしていくために決意新たに2回戦に臨む。
(安藤隆人 / Takahito Ando)
安藤隆人
あんどう・たかひと/岐阜県出身。大学卒業後、5年半の銀行員生活を経て、フリーサッカージャーナリストに。育成年代を大学1年から全国各地に足を伸ばして取材活動をスタートし、これまで本田圭佑、岡崎慎司、香川真司、南野拓実、中村敬斗など、往年の日本代表の中心メンバーを中学、高校時代から密着取材。著書は『走り続ける才能達 彼らと僕のサッカー人生』(実業之日本社)、早川史哉の半生を描いた『そして歩き出す サッカーと白血病と僕の日常』、カタールW杯のドキュメンタリー『ドーハの歓喜』(共に徳間書店)、など15作を数える。名城大学体育会蹴球部フットボールダイレクターも兼任。



















